安中にある東邦亜鉛(安中製錬所)の将来性と評判について詳しくまとめてみた

東邦亜鉛(安中製錬所)
高崎から軽井沢方面に国道18号を走っていくと、左手の小高い山の斜面に大きな工場が見えてきます。ここが東邦亜鉛(安中製錬所)です。
東邦亜鉛は物心ついた頃からこの場所に在って、18号線を通るたびに独特な雰囲気を醸し出していた。

夜の巨大な東邦亜鉛
特に夜の巨大プラントは光に包まれて、不思議で神秘的な空間であった。
何をやってるのか分からなかった幼少期の頃は、夜の巨大プラントは怖そうな場所であったと記憶している。

夜の巨大プラント
東邦亜鉛(安中製錬所)は、日本の近代工業を支えてきた歴史ある拠点であり、現在も独自の強みを持つ製錬所と言えます。
今回は時代の変革で変わりゆく東邦亜鉛(安中製錬所)を紹介します。
東邦亜鉛株式会社
東邦亜鉛株式会社は、亜鉛・鉛・銀の製錬を中心とする日本の非鉄金属メーカーです。
鉛は国内トップ、亜鉛、銀もトップクラスのシェアを持っています。
本社は東京都港区虎ノ門三丁目にあり、大阪と名古屋に支店があります。
生産拠点は群馬県の安中製錬所と福島県の小名浜製錬所の二か所です。
また、群馬県の藤岡事業所では電子部品・電子材料を生産している。

東邦亜鉛と信越本線
東邦亜鉛と信越本線は、東邦亜鉛安中製錬所と工業原料を輸送する「安中貨物」という専用貨物列車で深く結びついていました。
しかし安中製錬所の主要設備停止に伴い、2025年3月をもってこの貨物列車運行も終了しました。
安中貨物は、小名浜製錬所と安中製錬所間を半世紀以上にわたり、亜鉛焼鉱などを輸送する役割を担っていました。

安中製錬所と信越本線
沿革
1937年(昭和12年):日本亜鉛製錬株式会社として設立
1937年(昭和12年):安中製錬所操業開始
1941年(昭和16年):東邦亜鉛株式会社に社名変更
1949年(昭和24年):東京証券取引所・大阪証券取引所に上場
1950年(昭和25年):契島製錬所を買収
1963年(昭和38年):小名浜製錬所操業開始
1966年(昭和41年):藤岡製錬所操業開始
1988年(昭和63年):藤岡事業所に名称変更
2022年(令和4年):契島製錬所を子会社の東邦契島製錬に承継
2025年(令和7年):安中製錬所操業停止
2026年(令和7年):金属リサイクル事業(環境ダスト処理)に再編
※オーストラリアの亜鉛鉱山の操業不調により事業再生計画を発表している。

夜の東邦亜鉛稼働中
安中製錬所の特徴
1. 日本最大級の亜鉛生産能力
安中製錬所は、亜鉛の製錬において国内屈指の規模を誇ります。
2. 世界トップクラスのリサイクル技術
かつては鉱石からの製錬が主でしたが、現在は「リサイクル」に大きく舵を切っています。
3. 地形を活かした立体的な工場レイアウト
安中製錬所を語る上で欠かせないのが、その独特な外観です。
要塞のような景観は、夜になると工場灯が斜面に浮かび上がり、夜景スポットとしてファンに愛され「群馬のミッドガル」と呼ばれています。
4. 鉄道輸送(安中貨物)の象徴
鉄道ファンにはおなじみの、通称「安中貨物」の拠点でもあります。
駅から工場まで専用のコンベアや配管がつながっており、鉄道輸送と工場が密接に連携している珍しい形態です。
5.歴史的背景
安中製錬所には、過去にカドミウムによる公害(安中公害)の歴史もありました。
しかし、その経験を糧に、現在は徹底した排水管理や環境対策を講じており、地域社会との共生を重視した運営が行われています。
6.豆知識
安中製錬所の巨大な煙突(高さ約150メートル)は、安中市のシンボル的な存在になっており、遠くからでもその位置を確認できます。
未来都市のような神秘的な場所を今後も残してもらいたいと願ってます。
引用: ウィキペディア(Wikipedia)
場所:東邦亜鉛(安中製錬所)
住所:群馬県安中市中宿1443
見学:外部から無料
駐車場:なし
東邦亜鉛(安中製錬所)のアクセス
