残念ながら岩櫃城温泉は閉館。岩櫃城本丸登山へいざ!

岩櫃城登山に目印であった国道145号線沿いの城の形をした岩櫃城温泉くつろぎの館。 残念ながら一度も入ることなく温泉センターは平成29年3月末日で閉館していた。 今回は専用駐車場に車を停めて、大河ドラマ「真田丸」所縁の地、岩櫃城本丸址に登山しました。

スポンサードリンク

NHK大河ドラマ「真田丸」で人気が高まった岩櫃山の岩櫃城

県内には戦国期のたくさんの城跡はありますが、調べる限り大きな天守閣を持ったお城は見あたりません。 知り合いの大先輩に日本全国の有名どころのお城は全て制覇している歴史と大の城好きの方がいます。 群馬県内にもたくさんの城跡がありますが、ここだけは行った方がいいと言われたお城をここで紹介しています。 紹介している城跡は大先輩いわく、戦国時代の遺構がちゃんと残存していて歴史的な背景もそれなりに判明している城跡になります。

そこで今回はNHK大河ドラマ「真田丸」で人気が高まった岩櫃城のご案内。 完全なる山城である岩櫃城は標高802メートルの岩櫃山の東側に位置しています。 大河ドラマ「真田丸」で真田昌幸役の俳優の草刈正雄さんや出浦昌相を演じた俳優の寺島進さんが訪れている写真があった。

岩櫃城から見た西側にはゴツゴツの岩櫃山があり、南は吾妻川へ下る急斜面、北は岩山があり天然の要害で守られている。 ちなみに2017年に続日本100名城の117番に選定された模様。遠くから岩櫃山を見ると、よくもまぁーこんな場所に岩櫃城を築いたと改めて感心する。

標高802メートルの岩櫃山(いわびつやま)
標高802メートルの岩櫃山の画像

吾妻線と国道145号線の下を通って岩櫃城跡方面に上っていくと、平沢登山口駐車場に辿り着く。 ここは比較的に大き目な駐車場だ。

岩櫃山と岩櫃城跡の登山口には観光案内所があって、岩櫃山周辺の案内パンフレットが揃っている。 案内所には一人の管理者がいて、岩櫃城跡に行くには杖を持っていった方が良いと勧められた。 何でも本丸手前の最後の250mがそこそこきつい上りらしい!杖を借りて本丸へいざ出陣!

平沢登山口駐車場と観光案内所(岩櫃城跡)
岩櫃城跡の画像

岩櫃山と岩櫃城址跡登山口には休憩所があった。今ぞとばかりに休憩所内には大河ドラマの「真田丸」ポスターが貼ってある。

岩櫃山登山口休憩所
岩櫃山登山口休憩所の画像

岩櫃城は大河ドラマの「真田丸」の舞台となった長野県の上田城と群馬の沼田城を結ぶ真田道の中間地点として、重要な役割を果たしていた。

岩櫃城跡へ上る経路は二つあって、行きは中城経路を上り、せっかくなので帰りは右の岩櫃山方面から下山しようと思う。

岩櫃城跡案内板と登山口
岩櫃城跡の画像

道が整備してあるので登山靴でなくてもすんなり上れる。 本丸を目指し上り始めてスグのところに中城跡があった。 この中城は本丸の東側に位置していて、敵が斜面を横方向に移動するのを阻止するために竪堀によって区画されていた。 中城の敷地はそこそこ広い!

真田氏御一行もここを歩いたに違いない!

岩櫃城跡に続く登山道と中城跡
岩櫃城跡の画像

スポンサードリンク

岩櫃城本丸跡と本丸周辺から見下ろす絶景が見れた!

登山口から15分くらい歩いて本丸手前に着いた。本丸跡までここから250m。 最後の上りは案内所で勧められた杖が大変役に立った。岩櫃城本丸に攻めこむ人は無料の杖をおすすめしたい!

この通り山城である岩櫃城は築城時期や築城者は不詳となっている。 歴史上では一応、南北朝のころに築城され、城主として最初に名前がでてくるのが吾妻太郎行盛らしい。 でも見た人がいなにので何とも言えないけどね!こんなときにタイムマシンのデロリアンでもあれば・・・白黒はっきりするのにね。

岩櫃城跡本丸跡に続く250mの上り道
岩櫃城跡本丸跡に続く250mの上り道の画像

標高802メートルの岩櫃山中腹に築かれた岩櫃城から見えた南側の景色。ご覧の通り絶景です! もちろん北側も敵が良く見える景観が広がっている。

岩櫃城本丸周辺から見た南側の景色
岩櫃城本丸周辺から見た南側の景色の画像

二の丸付近から南北に竪堀が設けられている。この竪堀は攻めこむにはちょいと大変そうだ!

二の丸付近と腰曲輪(岩櫃城跡)
二の丸付近(岩櫃城跡)の画像

東京から大勢の中学生が見学に来ていた。礼儀正しい学生は杉並から来ていたようで、引率する先生から岩櫃城のウンチクを聞けてラッキーだった。

1563年頃の戦国時代になって、上州の攻略を狙った武田信玄が真田幸隆に命じて斉藤憲広が守っていた岩櫃城を落城させました。

真田幸隆が亡くなった後は幸隆の長子信綱が岩櫃城主となり、長篠の戦いで信綱兄弟が戦死すると、三男の昌幸がそのまま城主になった。 岩櫃城は真田氏の二大拠点であった長野県の上田城と群馬県の沼田城を結ぶ真田道の中間地点として、当時は重要な役割を果たしていました。

その後、1615年(元和5年)の一国一城令により岩櫃城は廃城となった。

東京から元気の良い子供たちが大勢見学に来ていて、挨拶を返すのが忙しかった。負けじとこんちは〜!を何回言ったかな。

岩櫃城跡本丸址
岩櫃城跡本丸址の画像

岩櫃城跡竪堀
岩櫃城跡竪堀の画像

櫓台と北桝形虎口跡(岩櫃城跡)
櫓台と北桝形虎口跡の画像

岩櫃城北側を守っていた曲輪。前面に空堀が二本あります。

志摩小屋(水曲輪)岩櫃城跡
志摩小屋(水曲輪)の画像

岩櫃城址から帰る途中にある瀧峩山不動堂と不動滝にも立ち寄った。 不動滝は3段30メートルの滝ですが、近くからは画像のように再下段の滝しか見えません。 でも角度を変えてよく見ると、ちゃんと三段の見事な滝になっています。マイナスイオンをたっぷり浴びておいた!

ここには百観音の石仏が祀られていて、頂上付近には岩櫃城の支城で柳沢城があります。 疲れたので支城の柳沢城には上りませんでした。機会があればまた今度。

瀧峩山不動堂と不動滝
瀧峩山不動堂と不動滝の画像

スポット:岩櫃城跡
住所:群馬県吾妻郡東吾妻町原町付近
見学料:通年無料
駐車場:あり

岩櫃城跡の場所とアクセス地図

群馬県B級スポット
桐生市B級スポット